嫌な事を好きにする、プラス面に目を向ける方法。

人件費削減、乗っ取り、短気な上司新しいテクノロジー、新しい手順、新しいシステム、職場にはあらゆる脅威があります。

しかし、それを脅威と認識せず物理的な物ばかりに依存しているのがもっとも脅威と言えるでしょう。

どうでもいい事はどうでもよくない事に発展する。

仮面

昔と違って今や情報社会。

インターネットが出来てから変更点や環境変化に対して求められる適応適正が凄い速度で進んでいます、一般的にはその速度に付いて行くのが厳しい事もあるでしょう。

職場に潜んでいる脅威の話だけでも一冊の本を書けるほどに問題が山積みだ。

例えば

人生はときに至近距離からあなたに銃を突きつけ発砲して来る。

そうなると避けるような時間はもうありません。

しかしながら、脅威とはそういうものです。

世の中には勿論、沢山の脅威がありますが、全ての脅威が現実になるわけではありません。

仮にアメリカが核ミサイルを日本に発射する事は確率的にはゼロに近いでしょう。しかし人間だからゼロではないかもしれない。

沖縄のアメリカ軍事基地問題がこじれて過去の事など忘れアメリカと日本がまた戦争を始める確立は極めて低いが人間だから可能性はゼロではない。しかし極めて0%に近いでしょう。

これは非現実的論理かもしれません。

それにこの脅威は僕たちが考えるべき脅威ではない。

脅威もいったん現実になってしまえば、対処する事が出来る。

普段からこのような事を考えている人はかなりの少数派と言えるでしょう。

こんな事結構どうでもいいとお考えではないでしょうか。

まずは

あなたが対応しなければならないのは、現実になる脅威だけだ。

寝坊しちゃった

勿論、スマホをいじりながら歩いていると車にひかれてしまった。

そんな事、当たり前の話だ。

本当はどちらが悪いかなんて問題ではない。

人が歩いているのに引くのも大問題だし、車が走っているのを知っているのにスマホに集中する事自体論外だ。

しかし、僕が言いたいのはこんな事ではありません(笑)

現実になった脅威は全て、自分が成長し、変化するチャンスになると言う事。

職場の環境変化に適応し働き方を変えるチャンスです。

そういう前向きな態度でいれば脅威のプラス面が沢山見えてきます。

脅威とは自分の能力を証明するチャンスでもあると言う事。

難しい局面に立たされる事がなければ成長する事も出来ない。

昔に知人からこんな話を聞いた。

勤めている会社が乗っ取られた事があると。
※話の内容から乗っ取りかどうかは疑問だが。。。

新しい上層部がマネージャーを連れてきたので知人を含む三人のマネージャーが降格させられる事となった。

その三人は有無も言わされず選択肢はなかったそうだ。

降格が嫌なら会社を辞めても結構と言う始末、万事休すと言ったところ
でしょう。

しかし当時の知人は脅威をプラスにする力を心得ていたのでしょう。

この脅威をチャンスと捉えた。

降格された残りの二人の内、一人は会社を辞め、もう一人は降格させられたままだったそうだ。

知人以外の二人は降格は耐えられない屈辱だと不平不満ばかりだったらしい。

確かにその気持ちは僕でも解らないでもないが。

その知人は不平不満は言わずただ元の地位に戻る事を最優先に考えたらしい。

そして三か月後その知人は元のマネージャーの地位に返り咲いたと言う話だった。

当時の彼が元の地位に戻る為に何をどうしたのかは聞かなかったのでどんな事をしたのかの詳細は僕は知らない。

むしろ聞く必要もなく結果は目に見えていた。

結果を見ても勿論当然と言える結果だ。

どうしてそう言えるか?

それはこの記事を上から下までじっくり読んで理解出来たのなら、あなたは紛れも無く脅威の中のプラスを見つけるコツを知っていると言う事になると言う事だ。


スポンサーリンク





見えない事を見る目

見えないものを見ようとするのはなにも特別な能力ではない。

今までの経験や学びから獲た知識をどのようにして解釈し繋げていくかの問題である。

嫌な事の中にも自分自身が気になるものは必ずある。

このプラスとなる小さな要素をどれだけ見つける事が出来るかでポジティブなのかネガティブなのかが決まる。

人間は基本的に嫌な事が大嫌いなにも関わらず嫌な事を好む傾向がある。

テレビでもそうだ、殆どのニュースはネガティブ。つまり何か起こらないと話題には取り上げない、それはポジティブなニュースばかりを取り上げても誰も見ないからだ。

本来のマイナス要素とされる物事はプラスに転換する為に受け入れなければならない、しかし殆どの人はこの内容などをマイナスのまま放置してしまうから「見えないもの」が見えるものにならない。

このような事を理解して行けば予知能力や超能力といったたぐいのものは本質的には特別な能力ではない事に気付くだろう。

嫌いな事を嫌いだと考えてもいいが、嫌いな事の中にも好きな部分はあるはずだ、それを見つける作業こそが本質的な「仕事」と考えてもいい。


スポンサーリンク






シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローにご協力下さい♪

トップへ戻る