虐めと向き合い撲滅する虐めの対処法

何故虐めが無くならないのか?

虐めと言うのは人の間で絶えず巻き起こり考え方次第では遥か昔から無くならない事ですね。

何かの儀式で「生贄」と言うものがありますが生贄にされる人が拒否すればそれは虐めのようなものですね。

戦争だって同じで、戦争すればその国に勝てる事を知っていてあえて攻撃するのも虐めのようなものです。

現代の人間でもこの面影は残っており「争い」と言う名の変化球でしょう。

自分より強い者にはバレないように「自分より弱いと思う人」を対象にして攻撃するようなもの、相手が嫌がっているのも知った上でそれが行われます。

相手の意思を尊重せず、全てを自分でコントロールしたい欲求や支配欲が強い人に現れ思ったように事が進まなければフラストレーションが溜まってしまうと言う人格に現れます。

やり方は様々ですが本質的には内面が弱く理解力が低い人が虐める側になりやすいですね。

遺伝子で言うと現代は頭脳が先立ち理解力の高い人が先導する世の中になっていますが、この虐めっこと言うのは旧世代の遺伝子レベルであり「物理的な力」を優先的に考える傾向があります。

調和や共和などの概念は表面的にしか捉えておらず見た目が重視されるような考え方ですね。

これは動物的本能にも隠されており、動物の威嚇行動と変わりません、大きい者は強く、小さい者は弱いと言う認識で、人間が発展させた理性や秩序などには程遠い考え方の持ち主です。

このような考え方は少なからず誰でも持っておりその考えを大きくするのか小さくするのか、はたまたその概念すらもかき消してしまうかで変わりますがそのような感情をコントロール出来ない人がまだいる以上、無くならないと言うわけです。

虐めの対象

コミュニケーション力が乏しく物静かな人がターゲットになりやすいと言うのは誰しもが思うイメージなのかもしれませんが、それだけではありません。

友人だった人がある事を切っ掛けに虐めっ子に転身する可能性もあります、これは何の前触れもなく変わるように感じるかもしれませんが、そうではありません。

暴力的な映像や教育、不良と言われるような人格を持った人物との接触や両親などの家庭環境とか性格なども影響しています。

そして身近に反論する者(批判や中傷発言する人)や理解が乏しい人達に囲まれた生活が本人を虐めっ子にして行きます。

これは他人から見て「いい生活」なのかは判断出来ません。

フラストレーションが溜まっていく日々の中に丁度いい距離感の人が犠牲になってしまいます。

虐められても指摘出来ない人。抵抗出来ない人。が多いです。

虐められる側は受け身と言う姿勢が得意な人格で優しい心の持ち主や温厚な性格の人が標的になりやすいです。

しかし、犠牲者は優しいと言うものは何なのか?という事も疑問視しなければなりません、叱る事も自分の意を訴え相手の行動を抑止してやり理解力を養わせるというのも1つの優しさであるでしょう。

標的にされる多きな原因は「目立つ事」です、これは単純に派手な格好をしていると言うような目立つと言う意味ではなく、他者にはあまり見られない特異点である事が多く、秘めた才能を持っている事がよくあります。

「他の人と違う」部分を有しているから目立つ事になり、ターゲットにされる本人も自分の才能に自覚が無いため「何故虐められるのか?」が理解出来ない状況となります。

日本は特に独裁国家的な考え方がまだ残っています、義務教育などは兵士を養う為に作られたカリキュラムに今の勉強を付け足したものです。

「●●しなければならない」といった概念に対し団体行動が苦手だったりと細かい要因は様々ですが、他人より突出した才能があるからこそ本能的無意識で嫉妬され標的になりやすいわけです。

虐めのメカニズム

メカニズム的には、赤信号があり皆が立ち止まって待っている所にたった1人だけ赤信号を無視した人がいたとします。

待っている人々は「ルールを守り赤信号だから待っているのだ」と言う自覚があります。

一人で歩いている者は「左右を確認し安全を確認出来ているから渡った」と言う自覚により赤信号でも渡りました。

待っていた人々はルール違反だと騒ぎ1人で歩いた者を批判し中傷します、「そうだそうだ」と言う者が便乗してくる事により「虐めと言う力」が増していきます。

批判した第一人者は自分が独占的に周囲をコントロールしていると言う錯覚に陥り「支配欲からなる楽しみ感情を覚えます」

実際赤信号を無視しても車を運転していれば罰金でしょう、このルールは「人々が安全に暮らす為に作られたルールです。」しかし「常識」が根強い思考になれば単なるルール違反であり

「批判しても良い」と言う概念が生まれて来ます。虐めっ子はこの作用を利用し「自分は悪い人間ではない」と正当化させます。

一人で歩いている者は「安全を確認した上」で歩行しているので「安全」と言う面ではルールをクリアしています。

一見どちらも正しいように見えるかもしれませんが互いの考え方を両方尊重した場合に矛盾が生じて来ます。

この矛盾こそが虐めの要因と言う事になりますね。

この状況が少数になり外部からあまり見えない閉鎖的環境で繰り広げられるコミュニティーが虐めへと発展して行くわけです。

世の中には矛盾多くあります、矛盾を放置してはいけないと言う意味ではなく矛盾をどう理解し解釈するのかが重要です。

たとえばの例で表しましたがこれは信号機の話ではありません、人間の考え方や動き方を表す話でこの現状は常に何処にでも繰り広げられており虐めに発展してしまう原因は何処にでも転がっている事でしょう。

虐める側は情報空間に弱く物理空間に強い。

虐められる側は情報空間に強く、物理空間に弱いと言った性質になります。

情報空間とは精神論的なもので、物理空間とは目に見える物だけを信じるといったものです。

日本国では虐め側が=悪い・悪者 虐められ側が=被害者・優しいと言うようなイメージなのかもしれませんが、どっちもどっちであり偏見の矛盾とでも言うべきでしょうか。

虐めに対抗するには

これは誰しもわかると思いますが人間と言う生き物は皆同じではない。

考え方がそれぞれ異なるからこそ争いも増える、そこで1つの問題が上がりますよね。それは会社や学校での虐めです。

僕は会社で虐められた事は無いですが少年時代、中学1年生になり立ての頃に虐められた事があります。

正直に申し上げると、とても割に合わない扱いでした(笑)

丁度、運良く2年生になる前に親が引っ越ししたおかげで長期戦を免れたが殺意を覚える程に怒りと言うものに囚われてしまいます。

自分の頭の中には負の感情の連鎖と言うのが巻き起こされるわけです、これはトラウマとなり相手を敵意してしまう人格を作ってしまう恐れがあります。

勿論、ろくな学生生活にはなりませんでした、次は虐められないようにと不良少年のような格好になり、行動さえも不良のようになって行きました。

これはよくない傾向ですが、僕はまんまとその負の連鎖に引き込まれていた過去を持っています。

今ではそんな事は全くないのですがこの連鎖に気付いたから断ち切る事が出来たと言ってもいいでしょう。

その経験はこの現在のほんの一部ではあるかもしれないけど、今の僕の思考法則を身に付ける事が出来たいい切っ掛けだったのかもしれないですね(笑)

それはさておき、大人になってからの虐めは姑息な者も多く、酷い場合は事務所全体が関与する程の規模になる事さえあり、悪意がもろに見えることもよくあります。

大人もそれほどに理解力が乏しい人が多いわけで、そうなれば子供はもっと理解が乏しいと言う事になります。

それを見て何と言う単細胞の集まりなんだと嘆いた事もあります。

虐めの対処法は「嫌われる勇気を持つ事」これにつきます。相手を傷付ける事は避けなければなりませんが虐めている者は相手傷付けて来ているわけですから自ら嫌われにきていると認識していいでしょう。

まずは「嫌なものは嫌」と言う意思をハッキリ示す事が最も有効です。

相手は自分の恐怖を利用してきます、怒鳴れば言う事を聞くだろう、嫌がらせしとけば大人しくしているだろうと力で何とかしようとしてくるでしょうが屈する理由は何処にもありません。

誰かに頼ると言う方法もありますが、その頼る人は命を持って自分を守ってくれるでしょうか?見えない所でも助けてくれるでしょうか?自分自身が強くなる方法を教えてくれる人に頼るのがベストです。

自分に代わって虐めっ子を制裁してくれる人を探すのは簡単かもしれませんが自分自身が強くならなければ別の所でまたやってくるかもしれません。そしたらまた自分の恐怖と戦わなければならなくなってしまいます。

虐められて自殺してしまう人もいますが、そんな奴らの為に命をくれてやるほどあなたの命は安くないはずです。

対処法1


虐めにはアサーティブな態度で立ち向かいましょう。

これしかないです。

誰にもあなたを虐める権利など無いと言う事を知って頂きたい。

そもそも怒鳴ったり、脅したり、からかわれたりや暴力を振るわれたり等あなたが犠牲になる事も本来許されない。

もしも仕事や学校で上手くやれていないとしたら、どこか脇に呼んで間違った部分を冷静に指摘するべきでしょう。

その時に虐めっ子は仲間を連れて来るかもしれない、対等に話すには1対1で話す必要があるので仲間を連れて来る程の弱い人には話をする価値もない。

もしあたながまだ子供で未成年の場合、大人に頼んで2人で話すきかいや、かんきょうを作ってもらうのがいい、大人には口出ししてもらわないほうがいい。結果にロクな事が無いからだ。

あなたが大人の場合虐めを拒否する権利・権限があり不当に扱う人がいたら今すぐ止める
ように伝えましょう、落ち着いて理性的に。

相手が暴力的なポンコツだった場合、話すら出来ない場合がある。そんな場合は第三者を挟む、その第三者は虐める人、虐められる人、どちらにも理解があり中立を保てる人物に依頼するように。決して感情的になりやすい人物を連れて行かないようにしましょう。

注意すべき点はちょっとした事で大騒ぎするのはいけないです。

それに軽くからかわれるくらいなら誰でも同じ目にあっていますし1つのコミュニケーションのうちに含まれているからです。この軽い馬鹿さわぎを虐めだと勘違いする人も多く人間関係では止む負えない事でしょう。まずは相手の理解から。

時々、上司に怒られるのも誰でも経験している事です、僕が話しているのは本物の虐待です。

忙しい職場で日常的に起りそうな

ちょっとした衝突や揉め事ではありません。

虐められる側は責められる事を知っています、そして責められ否定される事を嫌います。

しかし、よく考えてみると、虐めっ子も人を責めているしその人物の人生そのものを否定しているのではないでしょうか。

それを言葉を使って理解させてやるのが話す意味です。

「なんでなかよく出きないのか」を聞いたり、「どうしてそんな事をするのか」を聞くのが一番いい話かたですね。そうやって気づかなかった「相手のダメなところ」「自分のダメなところ」に気づきましょう。


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対処法2

子供の方には文章が少々難しくなってきました。(もうすでに難しいかもしれんが)

虐めに対して相手にイエスかノーで答えられない自由回答形式の質問をする事です。

こうする事で相手と同じレベルに下がって攻撃の応酬になるのを避ける事ができます、そして質問で周りの注目が相手に集まるので相手は気まずい思いをするでしょう。

これを続ければ安易にあなたを虐めようとはしなくなるはずです。

※注意:この方法は「周りの注目」を利用した方法なので1対1の状態では不向きです。

例えば、「では何故あの時にその話をしてくれなかったのですか?
教えて頂けていたら随分助かったのですが」と言った質問をしてあなたは口をつぐむ。

質問に対してどう答えようか。

どう解釈し釈明するかは相手の責任となります。

自分の立場を守るには自分の基準を持つ事であり、それは例えてみると地の上に線を引くようなものですね。(学校で言うなら運動場に自分で白線を引く感じ)

ここまでは我慢出来るがここからは許せないと言ったように宣言する事なんです。

立場を守るにはアサーティブである事が条件です。

(※アサーティブとは積極的に自分の感情や意見を述べると言う事)

つまり

積極的に自分の意見や感情をはっきりと述べる能力、アサーティブである為には自分にとって譲れない部分をハッキリと口に出す必要があります。

よくありがちな虐められ続けてしまう原因が、「今のこの瞬間さえ我慢すればいいだけ」とか、「文句を言ったりや、歯向わなければやり過ごせる」といった方法です。

この方法は全く効果が表れず、勿論次もやって来ます。

それに、「今」回避できたとしても「この先」は回避できないと言う事にもなりますので見過ごす事はよくない方法と言えるでしょう。

虐めを行う側は思考幅 が狭くIQが比較的低レベル域の方が多い。普段通り接していると理解出来るようになるまで時間は掛かるかもしれないですが自由回答形式は短期間で威力を発揮します。

やり過ごすというやり方は相手が成長して自分の愚かさに気付くまで行われるので言い方を変えれば「相手が止めるまで気長に待っている」という状態になってしまいます。

対処法3

一番シンプルなのが心理術「壊れたレコード」戦法です。

壊れかけたラジオじゃないですよ、徳永英明さんじゃありません。
※若い方は知らないかもしれませんが。。。。。

これはいたってシンプルであり、ようするに馬鹿なフリをするようなものです。

他人の目線をも巻き込み周囲の群集心理を使用した方法です。

最終手段としてなので、あまりお勧めはしませんが。

「こんなの嫌だ。こんなの嫌だ。こんなの嫌だ。こんなの嫌だ。」

とか

「こんな扱い受けたくない。こんな扱い受けたくない。こんな扱い受けたくない。」等、繰り返し同じワードを発する方法です。

見た目も酷い状況になり他者からも冷たい目線を受けますが一線を引かせる効果があります。

見栄やプライドもない方法ですが確実な効果があるでしょう。

しかし、自制心を失ってはいけません、カンシャクを起こしていると思われてしまっては相手の思うツボです。

相手に「勝った」と思わせてはいけません。

ただ、静かに立ち去りましょう、走る必要はありません。

使い方が少し違いますがこれも実績があります。
昔、僕の妹が部活の帰り道によく変なおじさんに追いかけられると聞きました。
その時に僕が教えたのがこの方法です。

この時の場合は、「馬鹿なフリをしろ」と言うもので大声で意味の解らない言葉を何度も発する方法をとらせたところ、見事撃退出来たと言う事ですね。

意味の解らない言葉を音楽や呪いのように発するのがコツです。

効果絶大でした(笑)

少々用途は違うものの、相手にされないように認識させ再構成をさせるには最適です。

狂ったように見せかける事で相手の予測を上回り「繰り返した言葉」を相手の脳内に浸透させるサブリミナルを作ります。

メンタルが弱い相手だと夢の中で出て来るといった現象も生じますので悪用はよくないです。

ただ、見た目が酷いと言うのは理解しておきましょう。


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まとめ

虐めとは今も昔もどんな時代でも存在します。

それは思考域が狭い人間だからこそ消え去らない人間の駄目な部分の文化と言ってもいいでしょう。

仮に、僕の目の前に虐められている人が現れたら僕はその人を助けてしまうでしょう。

しかし、本当の意味で本人を助けられるのは僕ではなく、両親や友人でもなく本当は自分自身で自分を助けなければ助けようがないと言う事です。

他の人達は「手助け」しか出来ません。

虐める側にも、虐められる側にも問題があると言う事を理解しましょう。

ここに、誰が悪いとか、どっちが悪いとかはありません。

心が弱ければ、強くすればいいのです。

虐める側も、また弱いと言う事なのです。


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