勘違いしている束縛の使い方


一概には言えませんが
近年、別れるカップルも多くなってきていますよね。
離婚も当たり前になった時代。
男女関係も短絡化され、お互いがお互いを「尊重」し合えない
夫婦やカップルが多いと言う事でしょう。
昔はカップルの事をアベックとも呼んでいましたね
※僕はその時代の人ではないですよ?(笑)
何故、上手くいかないのか?
そんな事で頭を悩まされる事もしばしばあるかと思います。
お互いの関係性の中で悩みどころの1つでもある
束縛
今日はそのテーマにスポットを当てお話して行きましょう。
言葉の通りである
束ねて縛り上げる、拘束とも類似するようなイメージなのですが、
皆さんはその「束縛」の使い方を間違ってはいないでしょうか?
言葉の本質を知る事によって、心と体も健やかに。
極論ですが
相手を縛って自由を奪ってしまっては誰だって逃げたくなりますよね。
仮に、彼氏もしくは彼女さんが浮気をしたとしましょう。
誰だって怒ると思います。
怒らない人は愛がないのか、諦めているのか?、悟っているのかも
しれませんね。
大きく言えば「大我の愛」ともいえるかもしれません。
大我の愛と言うスピリチュアルな概念を僕は持っていませんが、
解りやすく言えばそんなところでしょう。



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本当の束縛
単刀直入に申し上げますと。
「束縛とは自分にするもの」
本質に迫るのであればこれに尽きます。
本来、束縛とは人、相手にするものではなく、
自分にするものなんですね。
はぁ~?何いってんの?!っと思われるかもしれませんが、それが本質
と言うものです。
ではどういったものかと言うと?
僕は男なので男性の表現になりますが。
飲み会に参加したとします。
「2次会行くよ、お前も来いよ」となっても
「いや、彼女が家で待ってくれているのでお先に失礼します」と言って帰るなどが
それにあたりますね。
正直、言い訳は何でもいいです。
こんな事で「お前彼女の尻に敷かれているのか」と言われたり
そう思われたりしても。
自分にとっては関係の無い事なので気にする必要は全くありませんよね。
そこで帰るか帰らないかは自分の裁量的判断になりますが。
自分に対しての束縛度が左右されます。
酔っぱらった女性が自分に迫ってきたとしても、それをキッパリと断る姿勢。
「そんな事する理由もない」と自分を縛る行為こそが
本来の束縛となります。
正直な所、浮気する人は浮気します。
「俺は浮気しないからね」っと言いながらも浮気します(笑)
従来の考え方のように
彼女さんが彼氏さんに束縛をすればするほど彼氏さんは浮気をしたく
なります。
心理学の世界でも、この現象は認められているくらいですから。
逆に束縛をされたい人もいるかとは思いますが、度を超えてくると
嫌になるのも時間の問題、必至でしょう。
束縛の考え方を間違えてしまうとお互いの関係性も崩壊いかねない
ものなんですね、
そもそも、カップルや夫婦であればお付き合いする前に言葉には
ださないでしょうが、浮気をしないは前提で考えていませんか?
それなのに、束縛を相手に強制するのはおかしい話でもあります。
もう一度考え治してみて下さい。
それを行動として反映出来たのなら。
またお互いの認識が更に向上し、より良い関係が気付けるに
違いありません。
互いの理解を深める事で、「自分への束縛の本質」に
辿り着くのではないのでしょうか。
輝優 伸でした☆

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