教え方教わり方


 仕事をして行く上でかならずぶち当たる
壁があります。
 特に難しいのは誰かに何かを教える事。
 単純に
○○はこうだから○○してね!宜しく!!
と伝えて物事が円滑に動くとは限りません。
 会社のシステムそのものはその企業ごとの
構成となる為、一概にはいえませんが。
 「基本は全て同じ」です。
それぞれの企業ごとに突出した「何か」があり差別化。
 つまり、ラベリングを図ったうえでの存在です。
 仕事を教える上でまず必要とされるのが
「説明力」
 ここで必須となる要素は教える本人が理解している。
が大前提ですよ?
 ここで問題が出るわけですが
 理解しているが説明が出来ない。
 何て言えばいいか解らない。
と言う人が数多くおられますね
 ここでかしこまる必要はありません。
「教えなきゃダメ!」と心を硬くしてしまっては
本来自分が持っている語源力が発揮出来なくなります
 リラックスして話しましょう。
緊張は禁物です。(笑)
 いいまつがいがあれば言い直せばいいだけの話です。
 あたかも家族と話すような、友人と話すような感覚で
フレンドリーなイメージで話すようにしましょう。
 勿論、実際は友人などではないので「言葉使い」には
気を付けたほうがいいですよ?(笑)
 相手も人間ですから極端な上から目線も辞めましょう。
大まかな流れを説く。
 教える事の重要性は、教わる本人が同じように
理解する必要があります。
 しかし「あれやって」「これやって」と人を動かせたと
しても単に本人は1つ1つの動作を意味も解らず動く事に
なりますね。
 トラブルの原因や問題発生の起因となりやすいのが
この理解不足による予測力が欠落しているからです。
 1つの物事をただ説明するのではなく。
その前になんでしなければならないのかを必ず説明して
あげましょう。
 例えば
「この荷物をここに置いて完了です。丁寧に扱う事!以上!」
これでは当然、物品をぶっ壊されて当然です(笑)
 「この荷物は○○の為に使う物です、中には繊細なガラスを
使った部分もあるので丁寧に扱って下さいね。
昔私も壊した事があって怒られた事あるんです(笑)
ちなみにこの荷物を使って○○を作って○○へ出荷されるんですよ~」
 上記の説明のようにある程度の流れを説きます。
そうする事でその荷物自体が「重要な物」と認識できますよね。
 単に壊すなよ大事な物だからと言われても何故大事なのか?
何故丁寧に扱うのか?
を知らなければいずれは適当に扱われてしまいます。
 目の届く場所で作業しているのならともかく
目を離した隙に問題発生などはここから起因する事がよくあります。
 上記の内容を全く理解できない人も確かにいます。
これは教わり方が悪い人ですね。
教わる側の重要点
 近年「ゆとり世代」と言われる方もおられますが
背景としては「無知」だからですね。
良いように言えば「ピュア」とも言えます。
 本人が悪いわけではなく、それをとりまく社会が問題でしょう。
あれは危険、これは駄目と今までそんな教育をされていては
「学び」は当然得られませんから。
 ※余談になるのですが小学校でカッターナイフの使用を禁止している
等を最近聞いた事があり、正直ビックリしています(笑)
確かに刃物は危険ですが、刃物を取り扱った事のない子供たちは
この先どうやって自炊をしていくのでしょうね(‘・c_・` ;)
 僕の主観ですがその教育自体「狂って」いるのではないか?と思います。
仮にですよ?まず有り得ないかもしれませんが、自分が住む地域で大きな
天災に見舞われ、今まで使ってきた便利な物が無くなった!
とします、ライターも着火剤も無い環境で生きていけるのでしょうか?
勿論コンビニなんてなくなってますよね?
 時代に乗っ取った教育は必要かと思いますが、古くから伝わる知識が
あるからこその現代の知識です。「歴史を学ぶ」とはそお言う意味でも
ありますよね。
 猫でさえ本気で掛かってくる子猫に親猫は本気で噛みつき
噛まれたら痛いと教えるのにですよ(笑)
↑これがあるから甘噛みを覚える。
 社会で生きていく意味や理由は本当は親が教えないといけないはずですが。
 まぁ、余談はここまでにしておいて。。。。。
 教わる側はなにをすればいいのかと言いますと。
 教えている人が自分に何を伝えようとしているのかの想像です。
単純に喋っているのではなくわざわざ自分に話しかけて説明してくれて
いるのですから、きちんとその人を見る事です。
 だるそうに説明しているのか?それとも何か解らないけど一生懸命自分に
言ってくれているかどうかくらいは理解出来るはずです。
 解らない事があれば必ず「何が解らないのか解りません!」
と言う事にあります
教える教わる
 必ずしも教える側の知識が教わる側の知識に勝っているのではなく
お互いの言葉を介したコミュニティーだと認識するのが一番の理想です。
教えても相手が理解してくれなければ「教えた」とは言えません。
教わるほうも「理解できた!」がなければ話を聞く意味もありません。
 互いが認知し合える事のバランスが大事だと言うことですね~☆
 少々小難しく書いてしまいました(汗)
僕ももっと誰でも解りやすく理解しやすい文章を学ばなければ
なりませんね。
輝優 伸でした☆

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