数百年後の未来

やっぱどう考えてもそうなってしまう。。。

たまにこのように頭の中が暴走する故、お付き合い下さい(笑)(笑)

数百年後の人類はテレパシーを使っているだろう。って言うお話です。

なんでそうなったのか?というのを偉そうに堅苦しく書いてみました♪

現在この記事を書いているのは2017年の1月27日

数百年後とは2117年以降の話になる。

これは過去の進化論を含め考えると、人類が生存の為に分岐する地点とも考えられる。

まるで予言のような話になるが、予言とは統計的な大きな確率でしかない、それに予言を聞き、それを信じた物が歴史をそうさせてしまうと言う群集心理の結果論に過ぎない。

単純に言えば「私は不幸だ!」と言いながら数か月を過ごした場合、その人は不幸になると言う言霊の理論を活用したものだ。

だからこれは予言と言えるかもしれないが。あくまでも予想と考えたほうがいいかもしれない。

「あ~~神様がお答えになり導かれた~~」と言うようなアホな記事ではないし、精神疾患のような幻聴を元にして考えついたものでは無い事を先に記す。



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人間は言葉があったから生き延びた。

今まで生存競争に打ち勝ってきた人類ではあるものの、最初は1ミリも満たない言葉すら持たない、いや、口もない生物だったとされる。

バクテリアだ。

本当かどうかは正直な所、その年代に訪れ確認しな限り信憑性に欠けてしまう。だか確認する術は今の人間には無い。だから穴を掘るしかない。

しかし、研究者の血と汗と長年の努力の結果で導き出された結論だからこそ、信じるに値する事実だと受け止めたいと考える。

最初の猿人はアウストラロピテクスとされ俗に言うルーシーとされる、このルーシーは318万年以前の猿人だとされているが、更に古い猿人が発見されれば。

※ルーシーの骨らしい

現代の人間が考えている歴史が書き換えられる。要するに、我々人類は本当の事は何も知らないところから始まっている。

この猿人になるまでも何億と言う歳月があり壮大なストーリーになるだろう。

いずれにせよこんな歴史なども、何故知っているのか?と言うのは誰でも理解できると思う。

それは公の場で公開されているから知っていると言う事だ。伝えられていない事は「知らないまま」だと言う事。

これらを可能にしたのは言うまでもない「言葉」だ。

それに原人が過酷な生存競争で生き延びれたのは「力を合わせる、協力と言う概念を生み出した」から他ならない、これらを可能にしたものは「言葉」だ。

最初はもちろん「う~」とか「あ~」だけだったかもしれない。

仲間との意思の疎通を可能にした「言葉」があったからこそ地球の食物連鎖の頂点に君臨したと言える。

この力は非常に強大で数が多ければ多い程に驚異的な破壊力を生み出すに至る。

核兵器を思いついたのは1人の科学者かもしれないがその技術を構築(建設)するには多数の人間が必要になる。

今ではボタン1つで発射出来るようになっているようだが、そのボダンを作るまでには莫大な数の人が関わっていたのは誰もが理解できるだろう。

言葉もそれぞれの国で異なるようになっているが、これらは1つの種族から成り立ち、地殻変動の末に大陸が分断される事で大陸の特性により変化したものだと考える専門家は少なくないと考える。

数々の事を成し遂げるには基本となる「言葉」があってこその結果と言える。


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言葉の非効率が浮き彫りになる。

人間が今までに発明してきた中でも最も優れたものは「言葉」だったと言う事に気付いている人は少ないかもしれない。

現代の人間の中にはコミュニケーション能力が乏しい、コミュ障と言う人物が存在していたり。

過去のトラウマなので自制症を患ったり、それ以外にも「言うのが面倒」「口下手だから説明出来ない」などといった【言葉で何かを伝える事】がおろそかになっている人もいる。

勿論、本人だけが問題ではなく言葉の扱い方を間違った人々と暮らしていれば教わる言葉もそれ相応なので結果的にそうなると言った単純なものだ。

「カエルの子はカエル」と言うのはまさにこの事で、乏しい人間が育てた人間は乏しい人間になる。

では狼が人間を育てるとどうなるのか?間違いなくその人間は狼になると言う事だ。これは過去の事例が証明していると言える。

この先の人間には自分の事をどれだけ気付けるか?がとても重要になって来るだろう。

このように説明するとこんな人も現れる「狼に育てられたら狼になるんだったら全身に毛がはえるのか?そんなわけないだろ!では狼ではないな!」

※狼少年に関しても、嘘も紛れているので事実性を確認するには非常に少ない情報源ともなる特に人間の身体的な概念を歪ますような事例は嘘だと考えていいかもしれない。

まったくもって「やれやれ。。。」な質問だ。言葉を理解していませんとアピールしている事に本人は気が付かない。

結局な所、このような人達を助ける術も「言葉」である。

言葉を発し誰かに自分の考えを表現しなければ伝わるもの伝わらないと言う非効率的な現象に陥ってしまう。

理解してほしいのに理解してもらえないのはそもそも「言葉」の能力が欠落していて、過去に遡れば言葉を重要視した視点での活動を行っていなかったからと言える。

私達はこの非効率的な「言葉」を使わなければ意思の疎通は難しいと言う事だ。

知っている言葉の数が少ないと相手に伝える作業に時間がかかるうえ言葉数も多くなってしまう。

もっとも、私も言葉を操る者としてはまだまだ不慣れだと感じている。だからこそ分かりにくい文章を並べてしまうと言う結果になってしまう。

気持ちを伝える上で「言葉」が必要になるが言葉の数、つまり表現のバラエティーを複数もたなければ相手に理解してもらえる機会も少なるなってしまう。

もっとかみ砕いて言うならば。

とっさに開けたアイデアなどを相手にアウトプットするにはどうすればいいのか?と考えたとしよう。

凄く深い事を閃いたのは一瞬かもしれないが、それを他の人が理解できるように頭のイメージから外の世界へ吐き出すにはかなりの労力と時間がかかる。

ここで上手くいかすには知っている言葉の数となるわけだが、どんなに巧みに言葉を使っても数分、数時間の時間は必要となってしまう。

一瞬で出て来たイメージを一瞬で相手に伝える術は今のところ存在しない、これが言葉の非効率的な問題だと言う事だ。

特に論理物理学者であるスティーヴン・ホーキング博士は身を持って痛感しているに違いない。


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言葉のロス

自分の中のイメージや感覚を連想して頂きたい。

それらを他人に忠実に再現するにはどうすればいいのか?

不可能だ。

頭の中の漠然とした感覚を表現するにはまず雰囲気などを言葉に変換しなければならない。

変換した言葉を発音するのか文章にするかで少々異なる部分があるがいずれにせよタイムロスは膨大なものになってしまう。

例えば痛みなどを映像を使い表現しても「痛そう」と言う感覚はあるが実際身体的に痛みは生じない。

人の悲しみを察する事は出来ても、本人の本質的な悲しみや苦しみを理解するには程遠いものだろう。

それが言葉の限界点だと考える。

つまりテレパシーとはこれらの「実質的体験」と言う感覚を瞬時に相手に伝えるというものであり。全ての情報を瞬時に伝えてしまうため同時に今で認知されている個性と言うものが無くなってしまう恐れがある。

良いところもあるが悪いところもある。

効率化をこの先も考え続ける事でテレパシーの開発は逃れられない。

効率化が進む現代だからこそ

言葉の非効率的な部分が浮き彫りになったわけだが、人間は今まで様々な発見をして様々な発明をして現在に至る。

特に効率的な事を好む種族であるのは誰もが自覚出来るだろう。

車は移動距離を長くし到着時間を短縮する物だ、馬よりも早い。

ここで考える、「電車は止まらないから電車のほうが早い?けど待ち時間を計算しないと。。。」

「車は電車と違い待ち時間がいらない、だけど信号なども考慮したらアノ場所だと電車のほうが速い。。。」そう、考えいるのは全て【効率】

飛行機も同じくして更に遠くの目的地へ最短で到着する術になっている。

情報伝達に関しては手紙→メールへと発展した。会話に関しては実際会って話さずとも、電話もあるしlineもあるしスカイプだってある。

2018年現在ではlineの利用者数が減って来ていると言う知らせもある、人と人とのコミュニケーションは時代と共に変化していると言う事になる。

他にも様々なテクノロジーが生み出されたわけだが、一貫として言えるのは利便性と言う名の速さである。

光の速度は人間が退屈しない程に速い。インターネットの通信速度もどんどん早くなっている。光の速度は299 792 458m/sとされている、これ以上高速な物は今のところ存在しない。

これは1秒間に地球を7周してしまう驚異的な速度だ。人類はこの光の速度を超えたいと願う。

仕事の場でも仕事が早い人が好まれる。

「カッコいい男は決断力があって行動力がある人だ!」こんな事でも早い決断や、早い行動力が求められる。

それ以外でもビジネスなら効率を最も重視した考え方に至る。

今までは山積みだった紙の媒体も今ではPCに収めればスマートコンパクトだ、バックアップさえとっていれば火災が起きても、停電してもコピーあえあればいくらでも復元できる。

時間は常にすすむ、しかし体感速度を引き上げれば同じ時間で数倍の仕事量をこなす事が出来る。

計算が出来ない人でも電卓の使い方さえ理解できればどんな面倒な単位でも間違いなく入力すれば簡単に計算できる時代、そっちのほうが「効率がいい」からだ。

私は馬鹿だから未だに両手で物を数える事がある。全く非効率的である。

今の人間は最も効率を考える種族と言える。

そして今も昔も課題となるのは【時間】だ。


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これらを踏まえ考えると。

人間関係とは常々言葉が使われる。今も昔も変わらない。

しかし、ふと気づく。

「言葉とは結構不便じゃね?」

「じゃぁどうする?」

「言葉無くしたほうがいいんじゃね?」

「そうするにはどうする?」

「テレパシーでしょ!」

数百年後の人間は言葉を交わさずに効率的な意志の疎通を行っている可能性が極めて高い。

自分の脳で考えたイメージを直接的に相手の脳へ伝達したほうが圧倒的に速いからだ。

これらの技術をどう生み出すのかは、正直わからない。

このままテクノロジーを発達させ、脳に電極などを埋め込み互いの意識を伝達するのか?

そうではなくイルカの脳のようなソナーを「根性」といった精神で脳を進化させるのか。

いずれにせよ2つに1つのような方法だろう。

「文章」というのは無くならない、これらは人間が築いた文明の歴史ともされるツールだからだ。

近代未来

かれこれロボット工学や、人工知能AIといった技術がどんどん高度になりつつある。

それらの開発費用はすでに後戻りできない程に投資されている。

もしこの人工知能がほぼ完成され、この人工知能に優れた身体が備わった時。

労働が無くなるだろう。

人間が働く事を辞め、ロボットが働く時代になる。これは人間を雇うよりもロボットを雇ったほうが経済的でリスクが低くなる。

過労といったものも懸念される今、取り扱いを躊躇しなくて済むロボットのほうが便利だからだ。

人間の労働者の場合、労働基準法が適応されるがロボットにはそれが無い。

ロボットは24時間いつでもどこでもウェルカムだからだ。

多少のメンテナンスと電気代だけで維持出来る。

ロボットだとストライキも無いし、給料が安いと文句をたれる事も無くなるからだ。(電気代高いぞ!と言う事業主くらいだろう)

自分の仕事を確立するため、血眼になってロボットを買いあさる時代もそう遠くはないかもしれない。

自分が購入したロボットに仕事を与え企業に売り出すといったロボット派遣と言う事業も出て来るかもしれない。

(勿論、全ての仕事がではない、特に人材教育を基軸としているマクドナルドは人を雇い続けるだろうそれも「志を貫き通せば。」の話である、起業者のレイ・クロックはもういないのだから。そして営業や電話対応なども人間ではないとだめな部分はおおいにある)

人口知能の危険性を懸念する人も少なくはないが、企業側、政府側としての視点で考えるのなら電気代だけで労働力を得る事は物凄くメリットが多い。

働きたくない人にとってもメリットになるだろう。(経済的破綻は免れないが。)

この過酷な生存競争で生き抜くヒントは優れた発想力だと考える。

過去に行われていた教育は、何が正しいのか何が間違いなのかを強要する教育が非常に多い。

簡単に言えば、他人の価値観で生きる人間は自発的発想や行動が乏しい傾向にある。

「教えてもらってないので出来ませ~ん」このような人達が今後、生きるか死ぬかの現状に陥れられる事となるかもしれない。

何故なら、完璧だと言われるAIはプログラムされた事を壊れない限りちゃんとこなすだろう、人間に言われたことはきっちりこなせる人間が求められて来た企業にとってはまたとないチャンスである。

このままでは【教えないと動けない人間は不要】となってしまう。機械だとプログラムをコピペして終わりだ。

つまり、【AIには出来ない事】が人間の仕事となるからだ。

これが慢性的な問題として認識されるとロボット運営法なんて法律も出来るのは間違いない。

だからと言って安心はできない企業へ優位に働く法律を作りかねないからだ。

既に、ソフィアと言ったロボットはサウジアラビアの市民権を所有してしまっている。

もっとも、このロボット産業がどのように進出してくるか?と言うのは展開される前に政府がどのような法律で整備するかにもよる。

スマホの普及を見て、昔と今とでどんな状態になっているのかを捉える事ができれば、ロボット産業がどうなるかもある程度想像は出来るはずだ。


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この先

人間同士の生存競争になるのか。

SF映画のように人間とロボットの生存競争になるのかは。

「今の人間次第」だと思う。

IPS細胞などの技術も発達し人間とロボットの見分けがつかなくなる将来もそう遠くはないでしょう。

いずれにせよ戦うとなると、いかに迅速に仲間との意思の疎通をして動くかで勝敗が決まると考える。

オンラインの機械には今の人間の速さでは勝てない。

人間同士であっても頭の回転の速さはこれからの社会必須の項目である。情報のやり取りを円滑にしざる負えない。

言葉が無くなるのはそのもっと後の事だろう。

っと、まぁ簡単に言うとこんな感じでしょうか。

地球は常に回り続け、太陽も輝き続ける。太陽系が崩壊するまで人間は生き続けるのならば進化は免れない。

日々少しづつ進化しているのは紛れもない事実だが、大きな進化を求められる日は必ずやって来るだろう。嘘、偽りのないテレパシー能力を持った子供達が現れるかもしれない。勿論テレビになんて出るわけない。

そこで、その能力を怖いと感じるのか凄いと感じるのかによって人間同士の存続問題に発展するかもしれない。今までこのような事例が無いのは嘘だからだ。

あ!言葉を失うというのは厳密に言えば。

声を失う、その代償にテレパシーのような能力が備わる。

これは急激にではなく緩やかに生じてくるものと思います、現時点でこれらの能力を持っている人間は皆無に等しい。テレビで出ている能力者は嘘が多い、殆どが心理学者であるのは言っておきます、否定する材料も無いし実在する証拠もないので何も起こらず今に至っている。批判しているわけではなくエンターテイメントだって事です(笑)

言葉そのものは無くならない、多分博物館に展示されるようなものになるんじゃないですかね。口で発する言葉は無くなり、文章は保管されます。

SNSが出来たのも、これら言葉を失う予兆だと僕は考えています。(頭の中で繋がる人は少ないかもしれませんが)

都市伝説的な話だとFacebookやツイッターは人間を管理する為とか言われてますが、ちょっと違うかなぁと僕は思います。

信じるか信じないかはあなた次第(笑)


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