人間嫌いは生きていけない

なんで人間嫌いだとダメなんでしょうね。それらを掘り下げて見てみましょう。

まぁ人それぞれ色々あるかと思います。

人嫌いは良くないと一般的に考えますが、一般論を並べたいわけではありません。

僕としては個人的にどっちでもいいと考えています。

嫌いなら嫌いでいいし、好きなら好きでいい。それは個人の自由だからです。

だからと言って世界の全体像を知らないままで終わるのは人生としては悲しい事だと考えるからです。

人嫌いになる理由

人に裏切られたり、嫌な事を言われたり・されたり、生まれ育った環境が悪かったり。

色々な経験から人格は作られます。人の事を良く思えないのは育ってきた環境が悪かった取り巻く周りの人達が悪かったと言うのがもっともな話でしょう。

しかし、自分の心の中に愛が存在しないわけではありません。

そもそも人間の脳は「人間嫌い」になるように出来ていません。

戦争で帰って来た人がPTSDと言う心の病気になる確率が多いのも、人間が人間を殺す行為は不快感情そのものだからです。

人間嫌いを克服するにはそれ相応の覚悟や労力、そして時間がとても必要になって来ます。

(面倒くさいのでそのままでいいと言われればそれまでですが(笑)

特に、心を許せるような友達も少なく相談しようとも思えない事が克服から遠ざけてしまっているというのが現状です。

負の感情のスパイラルに入っているわけですが、克服する事は可能です。

相談したくないのなら自ら学べはいいわけですし。

辛い思いを知っているので克服すれば強固なメンタルを獲得できるのも1つの利点でしょう。



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何で生きてけない?

誰でも知っている事かもしれませんが、人間は1人では生きてはいけません。

昔の歴史を見てもそうです、たった1人で何かをして生きている人間は存在しません。

「一匹オオカミ」という言葉もあります、とってもカッコいいイメージを持ちやすいですが(実際、過去に僕もカッコいいイメージをもっていました。)

現実的に考えると一匹オオカミは死んでしまいます。言葉のあやではあるので真剣に考える必要もないのですが。知らない人が多すぎるのでこれを例にあげてみます。

※これは普通の狼親子

一匹オオカミとは群れから離れて1匹で生きている、組織の力に頼らないで自分だけの力で行動している人の事を指しますが、狼の生態的な部分で見ると群れで活動する生物ですので一匹だと【何も出来ない】状態になります。

人間社会の場合は1人で生きているように感じますが、全くそうではありません。

例えば生まれてから誰の力も借りず、全て自給自足で生活していれば話は別です。

無人島でたった一人で何も持たず丸裸から生き残っていれば間違いなく一匹オオカミです。

しかし、今のこの記事を見ている時点で一匹オオカミではありません。

スマホとかパソコンとかが無ければこの記事は読めませんよね。

スマホやパソコンを作るのも人です。

電気を作っているのも人です、知らず知らずのうちに人は人に支えられ生きていると言う事です。

お金さえ払えば何でも買えるような時代ですが、お金を作ったのも人だという事は忘れてはいけません。

人が大嫌いで他人を苦しめたいのなら「何も買わない」事をすすめします。(まるで極論のように思いますが、人嫌いな人は拘りがあって色々追及していくのが得意だからです)

何かを買うと誰かが喜びます、これは人間嫌いのする事ではありません。お金を使う行為ですから社会貢献に繋がっていると言うのは事実です。

っと言う事は、買い物をする人間嫌いは本当に人間が嫌いなのか?って話になりますよね(笑)

「じゃぁ!これからは物は買わねぇ~」つって畑の物を取っても、それらは人の手によって作られたものですので1人で生きている事になりません。窃盗罪にもなりますので余計に自分の居心地が悪くなります。

それでも「人嫌い!」と言うのはこれらの事に目を背けていると言えるでしょう。

人は皆、知らず知らずに支えられ生きています、人間に感謝をするという心は大切ですよね。


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生きていくには辛い現実

人間嫌いが悪いわけではありません、人生は選択の連続です。

嫌いだという選択も本人の自由です。

しかし、人間社会は人間が嫌いな人用に作られたわけではないので、問題が沢山出て来ます。

勿論、どんな問題でもウェルカムだ!と言うのなら全く問題ないでしょう。

本人の自由と言うのも語弊を生みやすい言葉ですが

嫌いだからと言って他人に危害を加えるのはよくないです、人の人生は人の人生であり他人の人生を無理矢理左右させるのは人嫌いではなく単なる鬼畜です。

ここでおかしな状態になりますよね人間嫌いになる理由は人間に対して良くない感情を持っていて、過去に辛い仕打ちがありきの人間嫌いだからです。

「それなのに人を傷付けたら駄目ってどーゆ事だ!」って思っちゃいますよね。

負の感情ってのは連鎖します、嫌な事をされたから嫌な事を誰かにすると言った事が負の感情の連鎖と言います。

これらの行いをする事で自分も嫌な気持ちになり怒りを覚えたものは更に怒りをぶつけ、ぶつけられた人間は更に犠牲者を出してしまうと言った状態を指します。

そして人間嫌いの人は「嫌われたやったーヽ(^。^)ノ」なんて表現をしますが、実は心の中で泣いてるパターンが多いのが真実です。

人間嫌いの特徴としては

【人間嫌い】という感情そのものがアイデンティティーとなっている。

過去の出来事を引きずり忘れられない。

人間は悪い生き物だと強く感じている。(同時に自分も人間と言う事に後悔の気持ち)

人生において挫折という経験をしている。

因みに、過去の僕はこの「人間嫌い」という側の人間でした(笑)

他にも様々ありますが、まぁ人間嫌いの特徴を述べたとしても全く役に立ちませんよね。。。

人嫌いである以上、本人は人との関わりを避ける傾向があります。

これによって作るコミュニティーも狭く、自分が生きて行く上で必要な情報量もかなり少なくなってしまいます。(要するに知恵が無い状態)

人間嫌いと言う人は拘りが強く、過度な劣等感も持っている事でしょう。

妬みや嫉妬心もかなり強い。

何よりも人間嫌いと言った以上、見栄やプライドというのも強いので自分の中でそれを取り下げる勇気がありません。

もう負のスパイラルです。


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問題点

人間嫌いの問題点は先ほども述べたように。

コミュニケーションの機会が少なく、人の話を聞けない所に大きな落とし穴が存在します。

これにより閉鎖的な思考におちいります。

閉鎖的な思考と言うのは自己中心的思考という言い方も出来ます。

要するに、人が嫌いだから人と話す事を避けていると人の気持ちがわからなくなり、同時に自分の気持ちもわからなくなってしまう現象です。


例えばこの渦巻。

心を広くするとか器を広くする、許せる許せない、良い人悪い人などで解釈をすると。

人と関わり学ぶ事で様々な事を知ります。この場合渦巻は時計周りに回ります。

どうです?広くなっていくでしょ?そしてほぼ無限大です。

始点からグルグルまわって人と関わり様々な事を覚えて行く状態と同じです。


そして人間嫌いの考え方はと言うと。

そう、左回りです、まるで退化していっているようにも感じますよね。

人との関わりを避けるもんですから得る物や得る情報も少なく、知恵をドンドン忘れていってしまいます。脳を活性化させる事もあまりないので閉鎖的な環境が周りの状況を掴めなくなります。

そうです、人間が嫌いだーーーー!!と叫べば叫ぶほどに本人は無意識に弱体化していってしまう怖い現象です。

このように、全く同じ世界(渦巻)なのに回転する方向が違うだけで意味合いが180度変わると言うのも知っておいたほうがいいでしょう。

これらを思考心理螺旋と言います。(僕が考えました、テヘペロ)本来は立体的なものが思考心理螺旋なのですが、絵が下手なので2Dで我慢して下さい。(テヘペロ)

そのうち本でだします。

想像してみてください。

少々無理矢理な表現になってしまいますが。

1つの部屋を  = 閉鎖的な考えとして下さい。

炎と言うものを = 知恵や知識と考えてみて下さい。

人間      = 人間はそのまま人間と考えてみましょう。

この場合人嫌いのままでいると。

閉鎖的な部屋に居て、どこからか炎が上がり部屋が火事になったとします。

周りの人は「火事だ!」と叫んで教えてくれても、人嫌いな人は相手が嘘をついているかもしれない、と考え行動を起こしません。(中には騒々しいなって思うだけで表に出る事もしません)

【人を疑う事しかしてこなかった為、本当か嘘かの見分けが付けない。】

ここで人嫌いでお隣さんとの交流も無かった場合、人間が教えてくれない事もあります。(今では挨拶しても返事がない人多いですよねぇ~世も末だねぇ)

【誰にも相談しない、相談してくれない、だから教えてくれない。】

要は炎がそこにあるよって教えてくれないのは、知恵をくれないと言う事になってしまいます。

何とか一人で生きて来たって事で、後々から火事に気が付き、自分の部屋を守ろうとします。【部屋を守るのは自分そのものを守ると言う事】

しかしもう手遅れ、炎の勢いは次第に強くなります、ですが1人で火を消そうと試みると。。。。

焼け死んじゃいますね。。(;^_^A

どんなけ気合と根性があっても物理的に消す事が困難な炎は消せはしない。

これは火事をたとえ話としているだけなので、実際何とかなる場合もあるかもしれませんが。

僕が言いたいのは自分の家が火事なのに教えてくれる人がいなければ【気付かない】それだけですでに損してますよって事ですね。

仮に勢いよく炎が上がる前に知らせてもらい気付き、そして人と協力して消してくれーーー!って皆で協力して頑張れば消せるかもしんないです。「消防車来る前に」

死ぬか死なないかの瀬戸際をガチで体験しないとこの理屈ってわかりにくいかもしれませんが、命を懸けて人間嫌いを貫き通すほどの価値はありませんよね~。

克服を邪魔する者

邪魔する者と書いてますが人ではありません(;’∀’)そして小鳥でもありません。

何が邪魔しているのかと言うと単純に

見栄とプライドです。

もっともこの世で価値のない感情と言っても過言ではないでしょう。

ここでも勘違いが生じたりします。

志や信念などは見栄とプライドとは全く持って論理が違うし目的としても全く異なります。

言った手前撤廃出来ないとか、失敗を失敗として認めたくないとか、今までの経験が絶対でありそれ以外はあり得ないとか。

頭の中で色々御託を並べるかと思います。

それらを許してくれないのは他人でも家族でもペットでもなく、心の中に存在する自分自身の見栄とプライドでしょう。

この感情は人間嫌いの人だけではありませんが、見栄とプライドとは困った事にどこにいっても合理的な考え方をさせてくれません。

克服出来ないのは、過去の出来事や辛い出来事ではないんですね、実際問題。

今までの辛い思いは忘れてはいけないのは確かです、しかしその辛い苦行を成功や生きる糧とするならば、最も邪魔になるのが見栄とプライドと言うものでしょう。

自分自身が損している世界で生きようとしている事に気が付かないのはこの為です。

捨てきれないからです。


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人間は協力するから生き残った

はい、ここからは進化論的な話になりますが、簡単に言いますと。

人類がこの弱肉強食社会で生き残ったのは【協力】という考え方を作れたからです。

食物連鎖の頂点に君臨できたのも言葉を使い協力できたからすごい力を手に入れました。

道具を作ったり、獲物を捕らえたりするのは1人では「どーにもならねぇ~」って気付けたからでしょう。

今の現代社会ではそんなことあまり教えてくれないでしょう(学校行ってないので知りませんけど)

狼の群れの話に戻ってきたようにも思いますが。。。。ちょっと違います(笑)

協力できたのは意思の疎通が出来たから。

原始時代で言うと。

「俺はこっちから攻めるからお前はあっちから攻めてくれよ~」こんな戦術出来るのは人間しかいませんよ。

そう、そうなんです、動物が人間嫌がるのは十二分に理解できますよね。(怖いし逆らったら何されるかわからんから)

でも人間が人間を嫌うのはなんともおかしな現象になってしまいます。

勿論、人間には色々います。

人を騙したり、嘘付いたり、傷付けたりといった冷酷な悪い奴らが潜んでいたりします。

許しちゃおけねぇ~話ではあるものの「騙される人」がいるから成り立ってしまう悲しい現実。

人間嫌いな人はこれらにピシャッと扉を閉めて他人を心の中に入れようとしません、気持ちはわかりますが、同時に嘘付いている人間なのかそうでないのかを判別する能力も欠けてしまいます。

それに騙し騙されで殺される時代だった戦国の時代も既に終わっていますし。。。

ぶっちゃけ、騙されても殺される事なんて殆どありません。(日本だから言うんですけどね)

これらを踏まえて。

どっちが幸せなのか?どっちが不幸なのか?と言うのを心の中で自問自答してみるといいでしょう。

どんな答えにせよ、自分自身で決める。

どんな答えを出すのかも自分の自由ですから。

で、やっぱ人間嫌いなままでいいや♪って答えが出たならば。

「マジかー!頑張ってこの記事書いたのになぁ残念だぁ( ノД`)シクシク…」という僕の顔を浮かべてあざ笑って下さい(笑)


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