自分ルールの作り方

ルールを作る前に

ちょいまち

まずは自分ルールを作る前にやっておかないといけない事があります。

それは様々な失敗を繰り返すという事と、色々な世界をある程度見て知っておくという事です。

自分ルールを作るのはいいですがそれに依存し過ぎて間違った事を正しいと思い込んでそのまま突き進んでしまう場合もあるからです。

僕はこれを宗教的法則と呼んでいます。

この法則と言うのは「これが正しいこれが正しいこれが正しい」と言われ続ける事で自分にとって間違っている事でも本当に正しいと思い込んでしまう事を言います。

大袈裟に言うと、かの有名なオウム真理教と言う宗教でもこのような洗脳を行い信者に犯罪をさせるといったものは有名かと思います。

この洗脳とは普段もあらゆる所に潜んでいるので気を付けましょう。

特に世間知らずとされている人の場合、思考幅がとても狭く「判断材料がとても少ない」と言う状況に陥ったりするためです。

未熟なままルールを作るのは全く問題ありませんが、自分の中で「やってしまった!!」という事があれば修正出来る思考も持ちましょう。

他人から見ればコロコロ変わると思われるかもしれませんが自分ルールについては他人の目などどうでもいいのです。

そして目標の無い人が自分ルールを作ったとしても全く意味の無い行動となるのでそれも理解しておきましょう。

固定概念を捨てる

壁とファン

今現在、最も重要になってきている事は「個性」や「自分」と言うものかもしれません。

この個性というものは最も人間を引き立てる事の出来る能力と言ってもいいでしょう、日本の教育では個性を活かす教養はまだまだ非常に少なく、現実では否定論のほうが多いでしょう。

しかし人間は日々進化していく生き物なので時代と共に新たな考え方が生まれていきます。

少し昔の高度成長期であった日本では団体思考が全面肯定されるような世界でしたね。

例えば住宅ローンを組んできちんと毎月ローンを払っています。

毎日遅刻せず会社に命を捧げ働いています。

税金を欠かさず収めています。

食事の前は手を合わせて「いただきます」を言います。

いらない物を貰っても「ありがとうございます」と言います。

こんな事を世の中では立派な人だと肯定されるでしょう。

これが当たり前のように感じる人は奴隷教育に洗脳されています。注意してください。

毎日会社まで満員電車に乗り数時間かけて通勤しているのが「偉い」と言われていた時代、今ではそんな事馬鹿らしいと考える人も少なくはありません、そもそも時間の浪費の何物でもないからですね。

そこに必要なのはその時間浪費が勿体ないから近くの会社に勤めるのもよし。その会社に自分の存在意義があるから時間を書けて通勤するもよし。

今の会社は繋ぎでやっていて他にやりたい事があるから電車では学びの時間として本を読むでもよし。

そう言った自分の中の自己肯定出来るルールが「自分ルールと言うものです」

どんどんグローバル化が進み日本も多様性が受け入れられています。

老舗の温泉旅館でも日本人旅行客が減り、一方外国人旅行者が増え身体にタトゥーや入れ墨が入っているお客さんも受け入れなければ経営が難しくなったりと様々な問題を抱えてルール変更しなければいけない旅館だってあります。

時代と共に考え方は変わるものですが人に言われてすぐに変えてしまうようなルールは自分ルールとは言えないわけです。

旅館の場合は社則っぽい考え方なので自分ルールとは少し論点が離れてしまいますが、自分ルールを作って失敗したと思った時には柔軟に変更や付け加える事も忘れてはいけない事です。

世の中には沢山のルールと言うものが存在するのはご存知でしょう、しかしその全体像を知らずに「ルールだから」と言っている人もかなり多いはず。

「これはこうだ」と思うのは勝手ですが絶対などは存在しません、それはたんに確率が高いだけに過ぎません。

もし絶対という何かを信じたければ物理の法則や自然の摂理などを理解しましょう。


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間違った自分ルール

よく世間で間違われる自分ルールとは「自己中心的な考え方」と言うイメージでしょう、そもそも団体行動主義の日本では皆と違った行動を取る者を指を差して非難したりする風習が未だに根強くあります。

しかしそのような考え方の人は口が動くだけで何も行動が出来ない人ばかりではないでしょうか、人それぞれに常識と言うものが違うと言う事を全く理解出来ていないという事になります。

自分ルールとは本来、自立心や自尊心。自分への規律などを向上させるためのもので自己能力を向上させる自己啓発のようなものです。

独りよがりで自己中心的な考え方から生まれたルールなどはとても自分ルールとは言い難いものです。

他人に迷惑をかけてしまうようなルールではいけないと言う事になりますね、これもよく間違われるところですが「他人が勝手な思い込みで迷惑を掛けられている」と勘違いしている事も多いので何が正しく、そして何が間違っているのかが分からなくなってしまう事も多々あるでしょう。

たとえば、食べ物の好き嫌いが激しくレストランへ友人や家族と出かけたとしましょう、あなたはグリンピースが嫌いだったとします。

グリンピースを食べないという自分ルールですね。

その家族や友人の中に「食べ物の好き嫌いがある人は信用出来ない」や「許せない!」と考える人がいたとして目の前でグリンピースを違う皿によけている姿を見て激怒したとします。

この場合が「他人が勝手な思い込みで迷惑をかけられている」と勘違いしている所です。

お店の人が「グリンピース嫌いな人には食べさせません」という姿勢で作っているのならまだしも、そんなお店があるなんて聞いた事もありませんけど、家族や友人が見ていてはしたないや食べ物を粗末にするのはいけないと言った考え方が多いはずです。

しかしながら提供しているお店は商売として食べ物を提供する対価としてお客はお金を払う仕組みになっているし、正直グリンピースを食べなくても生きていける時代になっています。

食べ物のありがたみは忘れてはいけませんが嫌いな物は嫌いでもいいし、無理して好きになる必要もないと言う事になります。

それに食べ残しを廃棄するのもお店の1つの仕事の中に入っているし、世の中での食べ物の廃棄量は年間で約1900万㌧にも及ぶとされています、それを勿体ないからと言ってもたった一部分の人が残さずに食べたとしてもこの量を無くす事は出来ません。

ようするに勿体ないからと言い激怒している人は本気でその取り組みをしているのか?と言う話になってしまいますね。

ではこの場合、間違ったルールを作っているのは家族や友人と言う事になります。

米を残すと目が潰れるなんて昔の人は言いますがそれこそ嘘つき呼ばわりされてしまいますね。(たとえ話なのでどうでもいいんですが)

本当に勿体ないと怒る事が出来るのは日本国内だけでもその廃棄量を抑えるための事業を行っていたり法律などの見直しを行っている者だけでしょう。

正誤

ルールの中でどうしても気にしてしまう事が正しいのか間違っているのか?ですね。

仮にあなたが医者になる為に医者の勉強や塾に通っていたとします、毎週塾に行く予定があるので必ずそこへは行くというルール。

友人が飲み会に誘ってきたとしても断りましょう。断った際に「付き合いの悪い奴だな」と言われたり理解の無い人などは悪口を言ったりする人もいます、そうなると「なんか悪い事したよな」と思ってしまうかもしれませんが、自分のルールは自分を律するためのものでもあるのでこの場合断って塾に行く事が正しいと言う事になります。

気にせず塾へ通うのが本当の正しいルールと言えるでしょう。自分ルールを阻害する要素は「誘惑」という言い方もありますよね。

ルールを作った以上守るために作るのでそれらを優先して感がるのが正しい自分ルールの考え方です。

人と関わっているとどうしても正誤が混同してしまう時が出てきます、目標は崩さずその目標や目的があってこそのルールなので

自分ルールの組み立て

まずは、論理的に考える事が第一優先です、目標や目的に対し障害となるものも多数出てきますがその都度修正を掛ければいいので問題はありません。

人との関わり合いで成長したり、逆に退化したりなんて事もありますからルールの中に他人の言った事を鵜呑みにして盛り込む事はよくない事です。

考え方なんて多種多彩で他人との討論により衝突する事もあるくらいなので自分で意思決定権を持つ事が最も重要です、フラフラして「やっぱりこうしよう。。。」なんて事になりそうならルールとして扱わないようにしましょう。

それに意図して人が困ってしまうような事はルールに入れてはいけません。長続きしないし元々の目標設定が間違っている可能性があります。

まずは目標を設定しその目標を達成するためにはどうすればいいかを考えてからルールを作っていくのが効率的なルール作りと言えるでしょう。

人の助言も聞くべきですが自分の目で確認できないようなものや、助言してくれる人が現在も継続して行われていないルールは信憑性に欠けるためルール設定に組み込んではいけません。


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自分ルールは完全自己責任

自分を成長させ、そして律してくれる自分ルールは全て自己責任です。

ですから失敗したり大変な事になって現実逃避してしまっても誰も責める事は出来ません。同時に責められる事も皆無です。

何がどうなっても自分の責任なので誰かを責める必要もないし成せば成った事なので落ち込む必要もないわけです。失敗すれば次は失敗しないように考えルールを修正すればいいだけのこと。

ただし、特に法に触れる行為や自分や他人に対して生命的危機が生じるようなルールはよくない考え方です。と言うかルールではないです。

「何かあってからでは遅い」のではなく何かある前に対策を講じていく方法が自分ルールと言うものです。

勿論自分のルールなので何をどうするかは本人の自由ですが理解力の低いままルールを継続したくはないものですね。

それが本来の「自分ルール」というものです。


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