始めは「手を染める」終わりは「足を洗う」

何かを始める事を「手を染める」と言いますよね。

「犯罪に手を染める」という言い方はテレビなどでもよく聞く言葉だと思います。

そして辞める時は「足を洗う」といいます。

ではなぜ始める時は手で、やめる時は足なのでしょうか?

頭から下へ向かって時間が流れているから~なんて言う方は少ないかと思いますが。

手を染めるに関しては「染色屋の商売を始める」と言う説もあるそうですが、有力視されているのは「初める(そめる)」からではないのか?と言う説があります。

新年最初に書く書道を「書初め(かきぞめ)」と言うように、元々は「手を染める」のではなく「手を初める」だったのではないのかと言う説です。

一方、やめる時の「足を洗う」ですが、これは仏教の言葉と言う説が有力です。

素足で歩いた僧が寺に戻って足を洗ったことから、俗世の煩悩(ぞくせのぼんのう)を落としたと言う説です。

このように「手を染める」と「足を洗う」はもともと違うルーツをたどっている言葉だと言う事になります。

仏教のしきたり?

しかしながら、ふと気づいたのが。

仏教の習わしや風習が強いのではないのか?と考えました。

ここからは個人的な意見ですが。

寺や社に入る時にまずやる事は?と言うと「手を洗う」事はないでしょうか?

この手を洗う所は手水場(ちょうずば)と言います。

まず、右手にひしゃくを持ち左手を洗い、左手に持ち替えて右手を洗います。

更に右手を洗い、口をすすいだ水を吐いた所に水をかけて洗い流します。

これらの動作を「手を染める」と解釈出来るのではないのでしょうか、「足を洗う」は先ほどの話と同じですが。

現在の日本でも自宅へ帰って来た時には靴を脱ぐのが一般的ですよね。汚れた靴を脱ぐ動作は「足を洗う」と解釈出来ます。

そして今でもお寺へ入る時は靴を脱ぐのが礼儀でしょう。

昔昔の人は車も電車もありませんでしたので遠方からお寺や社へ参拝する人は長い旅のようなものだったと考えられます。

わざわざ長い旅路をご苦労様と言う労いの意を込め。

旅の始まりに手を初め、旅の終わりに足を洗うというように考えたのではないのでしょうか。


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